報告(新川師)

新川です。
被災地滞在二日目の24日、遠野市の上郷地区センター避難所に暮らす
沿岸部(釜石・大槌)から避難してきた約40名の様子を、市職員でもある
遠野市・喜清院徒弟と情報交換。
ちなみに師は当寺に数回訪問の経緯あり。

モロ被災地では今の時期、目前の衣食住への支援が精一杯、内陸部で
一見比較的被害の少ない当地では、地元の傾聴ボランティアが不定期
ながら活動を行っているとのこと。
住み慣れた土地を離れ、とりわけ高齢の被災者は「お墓が、仏壇が…」
という悩みを抱えていることが多いので、通常業務の合間にそれらの悩み
を抱えているかどうかの様子を、さりげなく探ってもらうよう依頼。
僧侶ならではの被災者ニーズ汲み取りと、それに対応する支援が今後
必要となる場合があることを、岩手曹青会長さんと電話にて意見交換。

ついで釜石の石応寺様を訪問、物資をお渡ししつつ境内の炊き出し部隊?
の皆さんと懇談。ブロックや廃材をかき集め、近所の被災者達と自主的に
多い時で千食分の用意をされておられるが、野菜類が欲しいとのこと。
市からの給水があるとはいえ断水が当分続きそうとの見込みで、自衛隊設置
の風呂があるも多数の被災者のため限界あり、現状に対応を意見交換。
新たな支援プランを模索中。

さらに北上して大槌町へ。町長さんが津波に呑み込まれ数日後に遺体で
発見、町民の約半分が死亡または行方不明という町でもあります。
吉祥寺様および現地対策本部や町社協訪問、そして付近の遺体安置所で
古仲師と共に、地元で絶大な信頼厚い吉祥寺様の三歩後を付いて行き、
周囲の遺族へ配慮しつつ、さりげなく読経に随喜。
この時の雰囲気は、何とも言えぬやるせなさや悲しみに、こみあげるものを
おさえつつ…。

吉祥寺様は自坊を開放しての避難所運営、連日増える遺骨の対応と多忙の中、
ほぼ毎日午前午後と安置所を訪れ、遺族のケアに努めている姿に心から敬服。
現地の私共の仲間達は、けなげに、そして真摯に、それでいて時折ユーモアを
忘れず被災者およびご遺体と向き合っています。
そのことを是非皆さんの心に留めていただき、共にご冥福を祈りたいと思います。
どこぞのマスコミが、安置所で身元不明のご遺体が供養されることもなく放置され
云々とほざいてますが、そんなことない!と声を大にして言いたい思いです。

その後、山間部の金沢小学校避難所に滞在の前々々…岩曹青会長を訪問、
お師匠様・大学生の息子さんを津波で亡くされ、お寺も全焼という状態でこの
避難所に。
それだけの傷を負われてなお、明るく振る舞うお姿にかえって心が痛みます。

さらに諸事を経て、東北道から秋田道を経て午前2時過ぎ帰坊しました。
今回は物資の絞り込みや収集体制に反省はあったものの、度重なる事前の
情報収集段階から現地での道案内や共同作業など、岩曹青・新沼会長はじめ
会員各位にご指導ご協力いただき、今後の意識・情報共有や連携を確認できた
ものと存じます。

まだ被災地での余韻冷めやらぬ勢いで、このメールを打ち込んでいます。
まだまだ言葉足らずで個人的主観も含んだものですが、まずはこの辺で。
被災地での状況は、日々刻々と変化いたしますので重ねてご了承ください。

あらためて皆さんのご協力に感謝いたしますと共に、息の長い支援活動が必要
と思われますので、今後とも更なるご協力をお願いいたします。 合掌

重福寺様での積み込み
重福寺様での積み込み
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道脇の様子
 
陸前高田の避難所にて荷下ろし
陸前高田の避難所にて荷下ろし